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「シートン動物記」の原書(1899年発行)を手にする今泉さん。博物学者で画家でもあったシートンの絵を示し、「観察眼の確かさは素晴らしい。私も山小屋暮らしをして、シートンの書いた事が深く、はっきりと分かるようになりました」 |
「山小屋暮らし」のエッセー集発行
“里山の山小屋”に暮らす動物学者・今泉吉晴さん(72)は「森の動物は隣人であり仲間」と穏やかな笑みを見せる。かつては研究室にこもる日々を送ったが、「自然の中で見ている方が、得られるものははるかに大きい」。エッセー集「わたしの山小屋日記〜動物たちとの森の暮らし」をこのほど「春」「夏」「秋」「冬」の4巻に分けて発行した。8年前に大学教授を退き、ナチュラリスト(自然観察者)として生きる今を語る。「充実感が増した。森の中には日々、発見と気付きがあります」
「今思うと“恥”ですね」。今泉さんは若い頃、「モグラ捕りの名人」と言われた。自分が仕掛けた罠(わな)で捕獲したモグラは約300匹。息絶えたモグラの骨格や神経を調べ、標本を作った。生態を観察するため「モグラのトンネル」が見える飼育スペースを研究室に造ったこともある。だが、「自然の中で待っていれば、ありのままの姿が見られる。飼育も結局は遠回りでした」。森の中で一年の大半を過ごす今は、「(動物を)殺すことはない。昔とは全く変わりました」。
「生きた姿」想像
杉並区に生まれた今泉さんの父親は、イリオモテヤマネコの発見に関わった動物学者・今泉吉典。今泉さんはその業績に敬意を払いながらも、「父の時代には動物の生きた姿を見るという発想がなかった。死んだヒミズ(モグラの一種)を見せられ『どんなふうに動くの?』と思った」と回想する。東京農工大獣医学科を卒業後、自身も動物学者となり、モグラを中心に哺乳類の行動に関する研究を重ねた。
1979年、都留文科大(山梨県都留市)教授に就き、「子どもの頃から夢見ていた田舎暮らしを始めた」。自ら企画したムササビ観察会で親しくなった住民の協力を得て85年、大学に近い森林に6畳一間ほどの山小屋を造った。水と燃料を自給しながら大学に通う生活は「続けるのはなかなか大変」。それでも研究室では決して見られない動物の姿を目の当たりにする喜びは、「何事にも替え難かった。私の研究に対する姿勢をどんどん変えてくれた」と語る。クルミの実を一度に6個も運ぶリス、地中のトンネルを“共用”するモグラや野ネズミ…。親とはぐれたムササビの赤ちゃんを「チビちゃん」と名付け、育てたこともある。「チビちゃんの初めの居場所は、私のポケットの中でした」
93年には岩手県住田町の里山に二つ目の山小屋を建てた。そこでもたまたま山小屋の前で震えていたムササビの赤ちゃん「チャメ」を拾い上げた今泉さん。「チビちゃん」と同様、懐かれながらも野生に戻すことに成功している。「(研究で)多くのモグラを犠牲にした罪滅ぼしに少しはなったかな…」。定年より1年早い64歳で大学を退職した後は、「時間割に縛られず森の生き物たちと触れ合えている」と快活に笑う。
シートンらに共鳴
これまで多くの論文を発表する一方、第52回小学館児童出版文化賞に輝いた「シートン〜子どもに愛されたナチュラリスト」など、一般向けの本も数多く執筆してきた。北米の森に小さな家を建てて暮らしたソローやシートンに共鳴し、2人の著作の翻訳も手掛けている。動物が本来生きる場での観察に価値を見いだす「フィールド・ミュージアム」を都留文科大の教壇に立っていた頃から提唱する今泉さん。資料を都市部に収集する博物館、動物を集めて飼育する動物園とは逆の考えだ。
02年から6年間、朝日新聞別刷PR版に連載したエッセー「ムササビ先生のどうぶつ日記」は、自ら撮った写真を添えた「フィールド・ミュージアムの実践記録」ともいえる。昨年6月〜12月に発行された「わたしの山小屋日記」には、連載に書き下ろしを加え、4巻を四季ごとにまとめた。「森の生き物への温かいまなざしを感じる」という読者の反響に目を細める。「動物たちの生きる知恵に接すると『人と動物は同じ生き物』と心から思えます」
「牧場の牛のように」
現在、岩手での生活を主とする今泉さんは「自然と共存できないと日本の未来は厳しい。その思いを込めて、これからも分かりやすい言葉で森の生き物たちの姿をつづりたい」と話す。そしてナチュラリストである自身は、動物に警戒されない「牧場の牛のような存在になりたい」。リスが今泉さんの体を伝って木に移るなど、「この頃、動物たちが何げなく近付いてくるようになった」と言う。「少し牛に近づけたようでうれしいですね」 |
今泉さんの手にじゃれつくムササビの赤ちゃん「チャメ」=2009年 |
「わたしの山小屋日記 〜動物たちとの森の暮らし」
「春」「夏」「秋」「冬」とも各1470円。問い合わせは論創社 TEL.03・3264・5254 |
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