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  東京版 平成25年7月上旬号  
「親の愛は心の古里」…絵本が結ぶ絆  俳優・大地康雄さん

“鬼貫シリーズ”の山田大樹(監督)、坂上かつえ(脚本)とチームを組んだ大地さん。「いい映画は、感動があり、人を引き付けて離さない力があり、何年たっても心の片隅に残っていく。『じんじん』も間違いなくそれを提供できる作品だと思う」
映画「じんじん」企画・主演
 親の愛は心の古里。「マルサの女」「刑事・鬼貫八郎」シリーズなどでおなじみの俳優・大地康雄さん(61)が企画・主演した映画「じんじん」が13日(土)から公開される。「絵本の里」として町づくりを進める北海道剣淵町を舞台に、「絵本」で結ばれた父と娘の絆を描く。「心の荒廃、命の重さが問われる現代。どの人も親に愛された記憶こそが後の人生を生き切る力の根源になるんです」

 「じんじん」の構想は2008年から始まった。「農業は、人の命を育む根本」と大地さんが企画・脚本・製作総指揮・主演の1人4役を務めた前作「恋するトマト」(06年)。その上映会で剣淵町を訪れたのがきっかけだ。

 「小さな命が犠牲になることは耐えられない」。大地さんには切実な思いがあった。戦時中、台湾の防空壕(ごう)でマラリアにかかり、栄養失調で死にかけた母と兄。戦後、農業を営む故郷の宮古島に戻り、奇跡的に回復したことで大地さんは命を授かったからだ。

 「最近では育児放棄や子殺しなど悲惨な事件が絶えません。授乳をしながら片手で携帯電話を操る光景も珍しくない」と指摘する大地さん。「子どもは親の愛情を知ることで社会性を育み、人間関係を築いていく。それなのに、人間形成の出発点で親の愛情を注がれずに育つ子どもが急増している。ユニセフの調査によると、日本の子どもの30%は孤独を感じているそうです」

 「絵本の里」の情景に出合ったのは、まさにこれらの現状に一石を投じたいと思っていた時だ。「広大な大地にしっかりと根を下ろし農作業に精を出す人々が、仕事の合間を縫って『絵本の館』に顔を出し、読み聞かせをしていた。真剣に聞き入る子どもたち一人一人の豊かな表情や輝いた瞳を見た時、これが希望の光だと思った。救いの光景でした」

働く後ろ姿が原点
 世界中の絵本約3万5千冊を収蔵する「絵本の館」を拠点に、20年以上前から絵本作りや読み聞かせなどに取り組む同町。東日本大震災で絵本と読み聞かせが被災地の子どもたちの心のよりどころになった例もあり、震災後に映画製作は本格化した。絵本の里づくりと連動した高校生の農業研修。長い一本道や満天の星空など雄大な自然風景…。映画は綿密な現地取材やリアルな人物描写にこだわり、実在のモデルの活動や声も反映。のべ2千人のエキストラの協力を得て、笑いあり涙ありの心温まる物語が誕生した。

 大地さん演じる銀三郎は、お調子者で離婚歴のある中年男。人を笑わせ喜ばせることに生きがいを感じる半面、心の根っこには幼い娘を捨ててしまったという自責の念を抱える。「家に人がいない子どもにとって、いかに友だちに好かれるかが命綱だった」と大地さん自身の経験や性格と重なる点も。行商の仕事で育ててくれた母に思いを寄せ、「昔話や絵本の読み聞かせはなかったけれど、黙々と働く後ろ姿を覚えている。忙しい中でも愛情を注いでくれたという記憶が僕のバックボーンになっています」。また、役作りのために「あらしのよるに」などの作品がある絵本作家・あべ弘士に弟子入りし「模写修業」にも励んだ。「銀三郎のようなだらしない大人でも、できることは一つくらいあるんだという姿を見てもらえれば…」

 大地さんは札幌の中学校での上映会で映画の手応えを感じた。「大人と子どもが同じ場面で涙を流し、アンケートには『心の奥底から素直になれた』という感想も。これは絵本の力だと思う。絵本は説教くさくもなく、やさしい言葉で分かりやすく伝わるメディア。就職が決まった若者が、昔読んでもらった絵本を持って古里を離れることもあるようです。僕も自分の子育ての時に読み聞かせをやればよかった」と悔しげに笑う。

「物事の裏を見る」
 「じんじん」の撮影を通して大地さんは「物事を深く見つめ、その裏側に目が届くようになった」と話す。「好きな絵本の『星の王子さま』の中に『大切なものは、目に見えない』というメッセージがあります。若い時は野心もあったし、目先のことに振り回されて大切なものを見落とした時期もあった。でも、仕事は私利私欲では駄目。志が大切なんだという思いがますます強くなりました」

 そして、絵本の活用を中高年にも呼びかける。「大人になって忘れていた感性や純粋な心を取り戻したり、新たな挑戦をしたくなったり。ノンフィクション作家の柳田邦男さんが“大人こそ絵本を”と唱えていますが、剣淵町の大人も同じことを話しています」

 大地さんの目標は“種まき”のできる俳優として自分を磨いていくこと。「今やるべきこと、目の前の『個』に届けることにこだわって積み重ねていく。微力でも自分が小さな火をともすことで、周囲がその火を大きくしてくれる」と信じている。


(C)2013『じんじん』製作委員会
「じんじん」  日本映画
 宮城県・松島に住む銀三郎は、気ままな独り身の大道芸人だ。ある年、幼なじみが営む北海道の農場で、都会から農業研修で来た4人の女子高生と出会う。彼女たちとの距離は次第に縮まっていくが、一人の少女だけは心を開かない。少女の秘密を知った銀三郎は「創作絵本コンクール」で再会を約束するー。

 監督:山田大樹、出演:大地康雄、佐藤B作、中井貴惠、小松美咲、若村麻由美、板尾創路、手塚理美。129分。13日(土)から、シネマート新宿(TEL.03・5369・2831)で上映。

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