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定年時代
 
  東京版 平成28年4月上旬号  
「人となり」を演技に生かす  女優・高橋惠子さん

高橋さんの長女で女優の秋山佑奈は高橋さんのマネジャーでもある。高橋さんは「娘は容赦なくスケジュールを埋めてしまう」とほほ笑む。ただ、若いころと違い、忙しさに追い立てられている感覚はない。「私自身が『演じたい』という役に恵まれているおかげです」
4月の舞台「花嫁」に出演
 15歳の時から女優として活躍する高橋惠子さん(61)。ただ、半世紀近くに及ぶ軌跡は平たんではなかった。大胆な演技で話題になった「関根恵子」の時代。「自分の実像と(女優としての)虚像の境界が見えなくなっていた」と振り返る。結婚を機に「高橋惠子」と改名した後は、「私の『人となり』というか、自分に近いものを仕事に反映させたい」と念じてきた。還暦を過ぎた今、「女優は天職」とたおやかな笑みを見せる。14日からの舞台「花嫁」主演を控え、「年を重ねた男性と女性、家族の情愛を、丁寧に繊細に表現したい」。

 関根恵子から高橋惠子へ—。高橋さんは「女優としても一人の人間としても、それは大きな転機でした」と明言する。27歳の時、ヒロインを演じた映画「TATTOO〈刺青〉あり」の監督・高橋伴明と結婚。「本名に合わせて芸名も変えた」と語る。ベッドシーンなどで注目された“女優・関根恵子”との決別。「役者は『虚構の世界の住人』と分かってはいる。ただ、それにしても私の地と、あまりにも違う色合いが『関根恵子』には付いてしまっていた」。改名の時、心に決めた。「これからは脱がない」

1年半で7本主演
 北海道標茶町(しべちゃちょう)に生まれた高橋さんは小学6年生の時、一家で都内に引っ越し。大人びた美貌が大映の目に留まり中学卒業後、映画「高校生ブルース」で主演デビューした。高校生の妊婦という当時としては衝撃的な役。次作「おさな妻」の好演もあってゴールデン・アロー賞新人賞に輝き、両作品を含め1年半で映画7本に主演した。

 デビュー前、自身を内向的な性格と感じていた高橋さんに、マスコミが貼ったレッテルは“奔放な不良少女”。撮影に追われ、自身の内面を見つめる時間はなかった。「虚像に適応しようともがく中、本当の自分が見えなくなっていた」。何度も引退を考え、時には「死の誘惑」に駆られた。24歳の時には演技への恐怖もあって、舞台出演の直前、海外に逃げた。騒動が収まった後も、「私は舞台に立つ資格のない人間と…、自分を責めていました」。

18年ぶり“舞台復帰
 改名後しばらくは、地味で落ち着きのある役柄をむしろ好んだ。「『脱ぐ・脱がない』などという話題抜きで、女優としての評価をしていただきたかった」と話す。“舞台復帰”は42歳。蜷川幸雄演出の「近松心中物語〜それは恋〜」だった。出演依頼を2度断った高橋さんに蜷川は告げた。「今の君なら大丈夫。あの件は、もう時効だよ」。2人の子どもの母親になっていた高橋さんの背中を、夫も押した。「こんなチャンスはなかなかない。子どもの面倒は俺が見るから…」。高橋さんはかみしめるように話す。「舞台に立てること自体に感謝しています」

 この数年は、活動の軸足を舞台に置く。役柄が限られた若いころと違い、「今は、心に刻んできたものを、いろいろな役柄に反映できる。表現の幅が広がり、演じる面白さが増しています」。ただ、“関根恵子時代”の撮影の経験も貴重と捉えている。「現場のスタッフのプロ意識は、今も私の骨身に染みています」

向田邦子の薫陶
 16〜17歳の時、出演した連続テレビドラマ「新・だいこんの花」では、脚本を書いた向田邦子の薫陶も受けた。81年には向田がプロデュースを手掛けたテレビドラマに出演。収録直後、向田が台湾の飛行機事故で死亡した悲報に接した際は、「すごくショックで…、本当に信じられなかった」と目をしばたたかせる。

 それだけに「向田邦子没後35周年」と銘打った舞台「花嫁」への意気込みは強い。「下町のお母さん」として年を重ねてきた主人公「ちよ」の人物像を推し量る。「今の時代に醸したい、昭和の女性のつつましさを持っています」。息子や娘の幸せを願う気持ち、一人の女性として揺れる心…。「ちよの結婚への思いには打算がない」と言う。自身の半生も顧みて、「互いを高め合えてこそ夫婦では…。打算だけで結婚を考えるなんてもったいない」。

 改名から30年以上たち、「生きてきた軌跡は芝居に出る」との確信を強めている。40代までは「女優に向いていないのでは…」と惑う時もあったが、「今なら『女優は天職』と断言できます」。「引退」の意識は全くない。「還暦を過ぎて新たな女優人生が始まったと思っている。70代、80代でも表現の可能性は広がると、自分に期待しています」

「花 嫁」
 14日(木)〜23日(土)、三越劇場(日本橋三越本店本館6階、地下鉄三越前駅直結)で。全15公演。

 東京・池之端界隈(かいわい)の古い借家。4人の子どもを産み育てた片倉ちよは、夫の七回忌の後、長男夫婦から同居の話を持ち掛けられる。それに対し長女は、ちよを見初めた男性・黒崎との縁談を勧める。62歳のちよは戸惑いながらも、黒崎と会う意思を長女に告げるが…。

 原作:向田邦子、脚本:服部佳、演出:石井ふく子、出演:高橋惠子、香寿たつき、吉村涼、諸星すみれ、小林綾子、金子貴俊、西郷輝彦ほか。全席指定8600円。チケットスペース Tel.03・3234・9999

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