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  東京版 令和5年3月上旬号  
「小説は自由なもの」  作家・木村紅美さん

木村さんは学生時代、民謡への興味がきっかけで沖縄に通い始めた。基地反対運動への参加は、「大好きな沖縄の山を崩し、戦時の遺骨まじりの土砂で海が埋め立てられるのが耐えられなかったから」。東日本大震災の後は岩手県沿岸部にボランティアとして入るなど、行動力も旺盛だ。盛岡市への転居の理由を「東京は家賃を払うのが大変なので…」と冗談めかしながらも、こう続けた。「沖縄の基地、過疎地の原発…、地方にいる方が、インバランス(不均衡)が見えやすい感じはあります」
著書「あなたに安全な人」が「Bunkamuraドゥマゴ賞」受賞
 コロナ禍や沖縄…。作家の木村紅美(くみ)さん(47)は、これらをめぐる社会問題に強い関心を抱きながらも、「主張のための小説は書きたくない」と話す。「小説はもっと自由なもの。私の考えや価値観は、おのずから作品ににじみます」。第32回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞作「あなたに安全な人」は、“加害の記憶”を背負う男女の奇妙な共同生活をつづった物語だ。全体に漂う不穏さの「裏側にある何か」も見つめた木村さんは、こう話す。「罪悪感や孤独感、そしてほのかな希望…、(作中の2人に)自分と重なるところを見つけていただけたらうれしいです」

  「感染者第1号」におびえる東北のまち—。日本各地に新型コロナウイルスが拡大した2020年、岩手県初の感染者確認は、全国の都道府県で最も遅い7月下旬だった。「あなたに安全な人」を木村さんが書き始めたのは同年春。その年の秋、東京から両親のいる盛岡市に移り住み、「当時の(岩手の)窒息した空気感を作品の中に閉じ込めました」と振り返る。

 ただ、発想のきっかけを得たのは、学生時代に魅せられ、通い続ける沖縄だ。

 18年末、辺野古の米軍基地前で座り込みに加わり、警察の機動隊に何度か排除されている。「運びますよ」。申し訳なさそうに声を掛けてから担ぎ上げた隊員も。彼らの葛藤にも接し、「加害と被害の間で境界が揺らぐ感じがあった。加害性のある人の視点から書いてみたくなりました」。漠然と思いを巡らせているうちに、突然のコロナ禍。「沖縄とコロナが私の中で絡まって、作品の原形のようなものが浮かんできました」と笑みを見せる。

創作は独学
 木村さんは父親の勤務の関係で幼い頃、数回引っ越し。小学6年生から高校卒業まで住んだ仙台市を「出身地と自称しています」と笑顔で話す。明治学院大学を卒業後、いったんは商社に就職。その後、誰の指導も受けないまま純文学の創作に挑み、30歳のとき、文學界新人賞受賞作「風化する女」(06年)で作家デビューを果たしている。試行錯誤の末、たどり着いた執筆スタイルは、「構成を決めずに書き始める」。苦笑を交え、言葉を継ぐ。「混沌(こんとん)とした頭の中から、か細い1本の糸を延々と紡ぎ出す感覚です」。思案を巡らせ、こう言い添える。「小説は、1行書けば次の1行の選択肢が無限にある。その中から迷走しながら『ベスト』を探す作業の積み重ねともいえますね」。編集者の指摘を受けて、書き直すこともしばしばだ。「すごく非効率で、多作は無理(笑)」。それでも、盲目の友人との交流を描いた「月食の日」(08年)、高齢女性の孤独をつづった「雪子さんの足音」(17年)は共に芥川賞候補となり、「雪子さんの足音」は19年、吉行和子主演で映画化された。「吉行さんは私の小説をすごく面白がってくださる。そういう人たちの存在に励まされてきました」


「あなたに安全な人」
木村紅美著
(河出書房新社・1837円)
「不均衡」を作品に
 そんな木村さんは昨年8月、第32回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞の知らせに驚くとともに、「選評に感動して眠れなくなりました」と口元をほころばせる。毎回交代する「1人の選考委員」が受賞作を決める同文学賞。第32回選考委員の日本文学研究者ロバート・キャンベルは、「世界を覆うインバランス(不均衡)に声と形を与えようとしている」と、作品の普遍性を高く評価した。「沖縄への基地押し付けなど、至るところに不均衡がある」と確信する木村さんは、「ここまで深く読み込んでくださるとは…」。受賞作では、生徒をいじめ自殺に追いやったかもしれない元中学教師の妙と、沖縄で基地反対のデモ参加者を死なせてしまったかもしれない元警備員の忍の視点が入り交じる。2人は「東京からの移住者の謎の死」に導かれるように、やがて奇妙な共同生活に入っていく—。

 《互いの気配は、ときどき、幽霊がいるのかな、とでもびくっとさせるくらいに漂わせるのが理想です》

 キャンベルが「ソフトな逃亡生活」と言い表した、世間の空気から逃れて“2人のシェルター”にこもる日々。木村さんは「共通点のある2人を対比させて描いたら面白いかなと。そして同じ空間に居ても、互いをよく知らない『変な関係』におかしみも感じていただければ…」。季節が移ろう中、2人の心と体はやや対照的に変わっていく。「忍は『即身仏』みたいになって…(笑)。でも、他者(の心)を傷付けたことがない人なんて、まずいない。読む人が、2人の感情の奥底に“共鳴する何か”を感じてくださればうれしいです」

社会は“合わせ鏡
 木村さんは東日本大震災後、震災をテーマにすることにこだわるあまり、「没が続いた時期があった」と明かす。「私にとっての小説は、『人の内面をつづるもの』とあらためて気付かされた気がします」。沖縄やコロナ対策に加え、震災や原発、在日外国人差別…。これらの社会問題に関しては、「ツイッター」などで積極的に意見を発信するが、今月下旬発売予定の新作「夜のだれかの岸辺」を含め、「小説をその道具にすることは、これからもない」と断言する。「善と悪、白と黒…、小説は境目がはっきりしないものを書くのに適した表現。そして、時々の社会情勢は人の内面との“合わせ鏡”のように、意図しなくても作品の中に映り込んでいきます」

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